「自分にとりえがない」と悩んでいませんか?
私もそうでした。
自分の体験談と、解決法をお伝えするので、お役に立てれば嬉しいです。
「自分にとりえがない」と思ってずっと悩んでいた自分
自分には、これといったとりえがない・・・
「これが自分のとりえです!」とすぐ答えられるものが欲しい!
自分のとりえは何だろう?わからない・・・
これが得意で大好きだ!と言えるものがない・・・
とりえがあれば、自信が持てるのに、やりたいことがみつかるのに、とずっと悩んできました。
もっと心の奥では、とりえがないことは悪いこと、とりえがない自分には価値がない
、価値がないと存在していてはいけないというところまで思い詰めていました。
自分にとって、とりえがあるかないかは命に関わるぐらい重要なことだったのだと思います。
「自分にとりえがない」とずっと思っていた悩みを解決するには
①いろんなサイトやブログを読んで、「とりえ」に対しての思い込みを外す
●そもそも、とりえのないことはいけないこと?
●とりえのない人はいない
●自分がとりえだと思ってないことが、とりえだったりする
●とりえがなにもないと思い込んでいる
自分の中にない、とりえに対する新しい概念にまず反発しましたが・・・
突っ込みを入れつつも、自分の中の思い込みに気付いていきました。
“とりえ“とは→「特長、長所(すぐれているところ)」という意味ですが、
とりえとは、目に見えるわかりやすいもので、みんなからすごいと言われるレベルの何かだと思い込んでいました。←ここがホントに落とし穴でした!!
こどもの頃だと、勉強ができる、足が速い、ピアノが弾ける、おもしろい、など。←目立たない地味なものはダメだと思い込んでいた・・・
大人になると、学力がある、仕事ができる、特技、資格を持っている。←社会から求められているであろうものがとりえだと思い込んでいた・・・
②誰かが褒めてくれたことを、スルーせず、しっかり受け取る
たとえば、「誠実で、ウソがつけない感じがいい!」と褒めてもらった時、
(たまにウソはつく時あるしなぁ・・・)とスルーして、自分の良さとして見なければ、それはもう“とりえ”ではなくなってしまいます。
「とりえとは、このようなもの」と思い込まないで、褒められて嬉しかったものはすべて、とりえとして採用します。
③何かに不満を感じた時に、とりえが分かる
たとえば、自分だったらもっとこうするのに!とか、こういう風に言って欲しかった!と不満に感じる時、それは実は自分だからできること、自分だから気付けることなので、
自分にとって当たり前にできることは、自分のとりえです。
最後に、「とりえがないと悩むこと」自体、自分を知ろうとしている大事なことだと思います。
自分のとりえがないと悩みながら生きることも、いつも唯一無二の自分をとても気に掛けているからこそだと思います。
悩むことは自分を大事にしている行動だと私は思います。
今、新たに思うのは、
とりえがないと悩んでいることは、“自分”にまっすぐ意識を向けることができるということで、すばらしい“とりえ”の1つだということです。
