不登校とココロ

不登校は自由か?

不登校という状態は、はたして自由なのでしょうか?

自由と感じる部分と、不自由だと感じるものについてあらためて考えてみました。

Contents

不登校は不自由だと思うところ

まず1日の始まりである朝、学校に電話を掛けるという作業が終わらないと気に掛かって・・・。たった1本の電話なのに神経を使ってしまう。毎朝、違う先生が電話に出るので、反応が違う。事情を知ってくれているいつもお世話になっている先生なら、話が早いのだけど・・・

〇欠席の電話連絡をしないといけないと、意識しすぎてしまうこと

〇明日はどうするかを気に掛けてしまうこと

この2つが毎日少しずつ負担となり、不自由を感じてしまう。

不登校は自由だと思うところ

〇今日はお休みしよう、給食だけ行ってみようか、と選択できるところ

〇こどものペースに合わせて1日を過ごせるところ

選ぶという行為で、気持ちが自由になれます。無理せず安心して過ごせます。

不登校は自由の始まり

学校に行く選択があれば、休む選択もあり、選べるということを知れたことが、自由の始まりだと思います。意に沿わない行動は、不自由そのものだと感じます。

不自由、自由どちらも経験して、自分にとっての自由と感じる割合と、不自由と感じる割合のバランスを取って負担のないように過ごしていければいいのではないでしょうか。

 

ABOUT ME
自由に生きる宇宙人
「自由な心で生きる」にはどうしたらよいか? 人生を通して、葛藤と苦悩の多い私の人生。思い込みによって生じた苦しい感情を解放していくことが「自由な心」で生きるということなのかもしれない。 自分の意識が体を動かす。意識が毎日の暮らし・行動を変える。意識が人生を動かす。どんな意識でいれば幸せに過ごせるのか?試行錯誤中。 気持ちが楽に、自由になる、自分なりに気付いたものを記録します。アイデアのひとつとしてお役に立てたら嬉しいです★