不登校という状態は、はたして自由なのでしょうか?
自由と感じる部分と、不自由だと感じるものについてあらためて考えてみました。
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不登校は不自由だと思うところ
まず1日の始まりである朝、学校に電話を掛けるという作業が終わらないと気に掛かって・・・。たった1本の電話なのに神経を使ってしまう。毎朝、違う先生が電話に出るので、反応が違う。事情を知ってくれているいつもお世話になっている先生なら、話が早いのだけど・・・
〇欠席の電話連絡をしないといけないと、意識しすぎてしまうこと
〇明日はどうするかを気に掛けてしまうこと
この2つが毎日少しずつ負担となり、不自由を感じてしまう。
不登校は自由だと思うところ
〇今日はお休みしよう、給食だけ行ってみようか、と選択できるところ
〇こどものペースに合わせて1日を過ごせるところ
選ぶという行為で、気持ちが自由になれます。無理せず安心して過ごせます。
不登校は自由の始まり
学校に行く選択があれば、休む選択もあり、選べるということを知れたことが、自由の始まりだと思います。意に沿わない行動は、不自由そのものだと感じます。
不自由、自由どちらも経験して、自分にとっての自由と感じる割合と、不自由と感じる割合のバランスを取って負担のないように過ごしていければいいのではないでしょうか。
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