「不登校の親は追い詰められている」
事実はわからない。
大多数の人が「学校へ行く」という行動をしている中で、違う行動をしていることへ恐さに、
自分の心が追い詰められて、感じたことをそのまま書いた。
その日、友達から「自分に労をねぎらってあげて。褒めてあげて」「大丈夫!」という言葉をもらった。
張りつめていた心が、大泣きしたことで和らいだ。
翌日、もうひとりの友達が「自分(自分のいる世界)を信じたら、世界(自分のまわりの人)はあたたかかったよ」という話を聞かせてくれた。
もうひとりの友達は不登校の親という悩みを打ち明けると、まったく深刻にならずに、斬新な、斜め先を行く道を教えてくれた。
そして、わたしの心と体はポカポカと温まり、
「追い詰められている」から、「子供を想ってくれる先生がいる」という視点に変えようと試みた。
先生は親である自分を責めに来たのではなく、生徒である子供のことを想って足を運んで来たのだ。と。
そういう心で見ていると、不思議と、怖さと緊張でドキドキしていたのが薄まった。
まだ気にはなるけど「不登校」という出来事から、
「責められてる」「自分だけ違うことをしているんじゃないかという恐さ」などの思い込みが出てきて、
いろんな感情を感じた。
それは「心の自由」につながるのだと思った。
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