みんなで何かをする時、決める時、ずっと、「人がこう言ってるから・・・」「みんなの意見(多数の意見)はこうだから・・・」ということに気にかけていた。
人の意見ばかりを気にかけることをしていた
“気にかけていた”ということは、本当は自分だけの違う意見や、“こうしたい”があったんだろう。
“人が”ではなく、“自分が”という大切なものがあったはずなのに、そんな気持ちを出さずに押し込めていた。
押し込めて、自分の本心が見えなくなっている状態なので、「自分がどうしたいか」なんてまったく分からなかった。
自分への理解は乏しく、ましてや自分の気持ちを自分に聞くこともしなかった。自分のこころに寄り添うなんてできなかった。
人の意見ばかりを気にかけることをやめて自分の価値観が変わった時
それが今は、素直な「どうしたい」が出てくるようになった。
少数派でも一人でも、自分が思ったこと、感じたこと、自分のなかでそのまま受け止めている(ブレる時もまだあるけど・・・)
そのきっかけとなった出来事は、病気の治療だった。
その時は気持ちも弱って元気がなかった。
抱えているものが大きく、重たく感じて、意識はいつもそこから離れられず、どうやって楽しめばいいのか分からなかった。
自分の好きなこと・楽しいことをして、元気を出そうと思っても、何が好きで、何がやりたいかも思い出せず、なにかをやる気力もない、家から出てお出掛けするなんて気力も体力もなかった。
心の中は、“辛いよ、助けて!”って悲鳴を上げて、もがき苦しみ、その気持ちのままどっぷりハマるしかなかった。
そんな気持ちで過ごしていた時、治療中に副反応による体の異変を感じ恐くなった。「死んだりしないよね・・・?」と思うほど、「人間いつ死ぬか分からないんだから、自分の思うように、好きなことさせてあげよう!!」と強く思った。
恐い思いをしたり、悲しい気持ちになったりを日々くりかえす内に、すこし状況が落ち着いた時「(恐いって、悲しみって)こんな気持ちなんだ」と意識の一部が冷静に観察しているような感覚になることが時々あった。
不思議と、悲しくて涙を流しながらも、見えてくるものがある。
気付くことがある。
意識が変わる瞬間がある。
それは奇跡だと思った。
おそらく、「辛い」という感情の世界を長く生きていたから、これからは「楽しい」という感情の世界を体験してみたいと思ったのだと思う。
だから今は人の意見を気にすることはやめて、自分が「楽しもう!」と決めた。「楽しむ」と決めることができた。
「自分の人生の主役は自分なのだ!」
そして気付いた。「あっ、自分は変わったんだ!」「自分の価値観は変わった!」
人の意見ばかりを気にかけることをやめると自分の価値観が変わる。
