最近、いろんなものを手放し、片付けてきたけど、
潜在意識の奥に押し込めてたものが出てきた。
『病気』という意識。
これは、いつ心の中に取り入れたのか?まるで気付かずにいた。
姉は小さい頃から、小児喘息で夜中に時々救急病院に行っていた。
子供は一人でいい。と言っていた母にとって、そのたった一人の子が、病弱で、息苦しそうにしている様子を間近で見て、死ぬんじゃないか?という不安と恐怖ともに、度々、夜中に病院に行かなくてはいけないことの大変さは容易に想像できた。
子供一人でも手一杯なのに、
「兄弟がほしい!」と姉がずいぶん母にせがんで、そうして生まれてきた私は、心のどこかでいつも母に面倒を掛けてはいけないと強く思っていた。
その想いだけならよかったのだが、人の心とはやっかいなもので、
私は幼い頃から孤独を抱えていた。とくに誰にも心を開かずに生きていたが、
もしかしたら、孤独を感じていたから、無意識に病気になれば、母の気を引けると思っていたのかもしれない。
だから毎日、『おなかがいたい』『頭がいたい』と言って幼稚園に行きたがらなかったのかもしれない。
『私を見てほしい』『私のことを気に掛けてほしい』という想いが、『病気になれば、心配してもらえる』になり、
おそらく『病気になる』という願いがうまれたのだろう。
今、からだにさまざまな不調が出ている。痛い。がまんできない痛み。涙が出る。
痛みに追い詰められて、気が付いた。
私が『私を見てあげる』『私を気に掛けてあげる』ことにした。
これしかない。と思った。
心の奥に沈んでいた感情が、モノの片付けをする中で、浮き上がって出てきた。「孤独感」「自分をみてほしい」という気持ちに向き合って納得したら、手放そう。外に求めなくていい、自分がいつもそばにいると分かればそれでいい。
身の回りにあるモノと心は繋がっている。モノを片付けると、心の片付けに繋がっている。
